フランスと坂倉建築 旧東京日仏学院

フランスのパリにあるポンピドゥー・センターのキュレーターが展覧会のリサーチするため、東京の『中銀カプセルタワー』(1972/計:黒川紀章)に訪れました。

その成果を踏まえて日本の建築家とシンポジウムが飯田橋にあるアンスティチュ・フランセ(旧東京日仏学院)で行われるので出張と併せて参加しました。

このエリアはフランス語学校や文化関係の施設がある関係でフランス人も多いと言われています。

実は建築で日本はフランスと関係が多くもつと言われ、特にコルビジェとの関係では顕著だといえます。

何十年ぶりかで、坂倉建築に訪れました。実は、坂倉準三はフランスのモダニズム建築の巨匠ル・コルビジェの弟子としても有名で、

そのご縁で当時設計を依頼されたようです。竣工は1951年だから戦後すぐに計画されたとは驚きです。

この建築は、鉄筋コンクリート造3階建。

おしゃれな雰囲気は雑誌の撮影でもよく使われているので、ひょっとしたら見たことがあるかもしれませんね。

特徴は、フラットスラブ構造のため柱の上が膨らんでいるところ、いわゆる「シャンピニオンの柱」が最初に目が行くでしょう。

通常の柱と梁をもつラーメン構造ではなく、スラブを柱で直接支えるものです。坂倉は梁を無くしてカーテン・ウォールの開口を

目いっぱいにしたかったのでしょう。

 

内部に入ると、「二重らせん階段」という珍しい階段棟が印象的です。これは、学生が使う階段と先生が使う階段を分けているのです。

天上から降り注ぐトップライトの光が優しく光井戸を満たしています。

手摺もすばらしいディテールです。私はこの素敵な階段を、わけもなく何回も行ったり来たりしてしまいたくなります。

 

ポンピドゥー・センターは中銀カプセルタワーをどう捉えているのか?

夜に始まったシンポジウムは討論好きなフランス人を中心に大勢集まっておりました。